監査上の主要な検討事項(KAM)(2)
前回のブログでは、監査上の主要な検討事項(KAM)に関する概要を記載させていただきました。今回は、具体的なKAMの記載内容についてお伝えできればと思います。
KAMの適用は2021年3月期決算からとなりますが、すでに早期適用している上場企業が48社(2020年8月31日現在)あります。これらの早期適用している会社の有価証券報告書において開示されているKAMを業種別に分析したいと思います。
【業種別の監査上の主要な検討事項(KAM)の内容(一部抜粋)】
1 .電気機器
●のれんの評価
●工事請負契約に係る受注工事損失引当金の見積り
●有形固定資産及び無形固定資産の減損
●進捗度に基づく売上収益
●市場価格のない子会社株式の評価
電気機器関連の業種については、のれんの評価や減損・子会社株式の評価といった会計上の見積り項目として代表的な事項がKAMとして記載されています。また、大企業では、大規模な工事請負も行っていることから、受注工事の損失引当金や進捗度に応じた収益計上に関してもKAMとして記載されています。
2 .不動産業
●住宅分譲目的で保有する不動産の評価
●賃貸事業目的で保有する不動産の減損
●大規模不動産の開発事業に関連する固定資産の評価
●オフィスビル等の分譲に係る収益認識の適切性
不動産業に属する企業では、不動産の評価や減損がKAMとして記載されています。また、不動産の開発事業を行っている企業では、投資が多額となり、かつ開発期間が長期にわたり建設工事が計画通りに進まないリスクも大きいことから、土地などとして計上された固定資産の評価をKAMとして記載しています。
3 .医薬品
●米国におけるリベート引当金の見積り
●のれんの評価
●子会社株式の評価
●繰延税金資産の回収可能性
医薬品に属する企業では、のれんの評価、子会社株式の評価、繰延税金資産の回収可能性といった代表的な会計上の見積り項目がKAMとして記載されています。また、海外における業界特有のリベートに関する引当金についても、制度対象となるかについての高度の判断が要求されることからKAMとして記載されています。
4 .輸送用機器
●製品のリコール等の市場処置にかかる債務
●小売債権に対する金融損失引当金
●独占禁止法関連損失引当金の見積計上
●米国金融子会社におけるオペレーティング・リース資産の残存価額の見積り
輸送用機器の業種については、自動車販売にともなうリコール等に対応する債務がKAMとして記載されています。
5 .卸売業
●持分法適用会社が保有する固定資産の評価
●海外事業における無形資産の評価
●持分法適用会社に対する投資の取得対価の投資先の資産・負債への配分
商社等の卸売業に属する企業では、海外での活動範囲が広いことから、それに伴い発生する評価・見積りに関する事項がKAMとして記載されています。
6 .銀行業
●貸出業務における貸倒引当金の算定
●買収・出資に伴うのれん及びその他の無形固定資産の評価
●子会社株式の評価
●流動性が低く市場価格がない金融商品の時価評価の妥当性
銀行においては、取引先法人に対する多額の貸出金が存在しますが、取引先債務者の将来予測や例えばコロナウイルス感染症の影響等の環境要因を分析し、貸出金に対する引当金を計上することには高度な見積りが必要となることからKAMとして記載されています。
7 .証券
●営業投資有価証券・営業貸付金の評価の合理性
●繰延税金資産の評価の妥当性
●負ののれんの算定の妥当性
●財務報告に影響を与える主要なシステム統制
証券会社グループの投資部門では、投資先企業の株式の取得や貸付を実施しますが、その価値の下落により評価損が発生する可能性があり、投資先企業が属する産業の将来の経営環境の予測等に経営者による高度な判断が必要されることから、その評価の合理性がKAMとして記載されています。また、個人投資家がインターネットで証券の売買を行う場合、その委託手数料等の計上に関連して、取引システムの影響が広範囲に及ぶことから、その統制がKAMとして記載されています。
8 .小売業
●新型コロナウイルス感染拡大が財務報告に与える影響
●店舗固定資産の減損損失の認識
小売業においては、新型コロナウイルスによる店舗への影響が大きいことから、その影響がKAMとして記載されています。
上記のようにKAMとして記載されている具体的な内容を見てきましたが、各業種に共通する内容として、経営者の判断や見積り、将来予測に関連する事項がKAMとして記載されています。また、それぞれの業種・企業特有の専門的な判断が必要とされる事項についてもKAMとして記載されており、その判断の基となった具体的な指標や関連する法律等、個別具体的に言及されていました。
それぞれのKAMについては、KAMとして決定した理由のほかに、その事項に対する監査人の対応も記載されていますが、監査人は、企業の内部統制を理解し、その内部統制において利用される情報の適切性を評価し、必要があればその事項に関する専門家を利用したうえで、企業の判断の合理性を評価するといった一連の対応を実施する旨が概ね記載されています。
上記のように具体的なKAMの内容を見てきた結果、KAMが監査報告書に記載されることにより、投資家等が、監査人が職業的専門家として特に重要と判断した事項はどのような内容なのかを知り、それを自己の判断に利用することでさらに慎重な意思決定を行えるようになるのではないかと考えています。